第114回 麻布性

期末試験を終えて、近頃は脳みそを空にして、人間関係について思いに耽ることができて、ある意味で自分らしい時間を過ごせている。

昨日は、素敵な時間だった。

もう6年目の付き合いになる芸大の友達に、芸大の同期として麻布の後輩を紹介してもらったのだ。紹介してもらった彼は在学中から麻布の中では高名で、学年の違う自分も彼の名前は知っていたし、高校の図書館で惹かれた彼の作品の展覧会などにも友達と足を運んだの覚えている。

とはいっても、彼のことはあまり知らなくて、いけ好かない人なのかなと思っていたけれど、会ってみたら気のいい人で、友達が紹介しようとしてくれた理由もわかった。

卒業してから出会う麻布生はいいやつが多い。というか、自分自身がそういう麻布生とは縁を感じて、細く長く付き合っていこうという気持ちになることが、自分にとって多いのかもしれない。「あなたのいる世界はどう見えてる?」とお互いのレセプターを信じて語り合うことができる、不思議な関係性が出会ってからすぐに立ち上がっていく感じがある。

こう思うと、在学中は色々と思うことがあったけれど、卒業してみると通って良かったなと思う場所だ。

学部時代を過ごした学生団体もある意味で「すごい」のだが、麻布という空間はしなやかさやまだまだ広がる可能性にあふれていて、今の時代には珍しい「わかりづらい」凄みがにじむ場所だなと思うものだ。

たまに、ことさら麻布生にいい印象をもっている女の子に出会うけれど、内側にいる人間としては「わかってくれる人もいるんだな」とどこか嬉しい気持ちになる。

とはいえ、自分はいわゆる麻布生ではないタイプであるのは事実で、自分の麻布らしさをある意味的確にわかってくれる人は多くはないだろう。

自分を気に入ってくれた女の子が私に近づくノリで他の麻布生と関わってみて、違和感を感じることが多いらしいのは、そういう理由によるのだろう。

あまり進学校の名前其れ自体がそこに通う学生の特徴を示すことは多くはない中で、麻布はかなりユニークなポジションにあるように思う。

大学を卒業して今更と思う話ではあるものの、卒業してさらに色濃く感じる麻布の色の強さ(大学空間でにじまない濃さとでもいえるか)には、つねづね驚かされることばかりだ。

 

もしこのブログを愛読してくれる麻布生がいるのなら、と思い少し書くけれど、

・合コンでの振る舞いには十分気をつけること

・目立とうとして大学にしても会社にしても調子に乗らないこと

は肝に銘じておくといいと思う。

 

社会人の知り合いから、あの麻布生が痛かっただの、関わり合いになりたくないだのひどい言われようなので、一夜のセックスのことばかり考えるのではなく、周りにいる人の幸せに思いを馳せて、自分の望みと周囲の満足が両立できるような上手な振る舞いをできるようになってほしい。

麻布生の後輩からは、絶対に関わりたくないとまで言われている人もいる。

男子校だったことのジレンマは誰しも多かれ少なかれ抱えてはいるだろうが、仲間から嫌われるような振る舞いはしないのが懸命だ。

悪い評判は、社会人になったらなかなか塗り替えられないから気をつけてほしい。