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第13問 世評

今流行りの話題と言えば、ショーン=川上氏についてだろうか。

経歴詐称は、本人やその周りの人間への影響のみならず社会にもたらす影響が非常に強いことが今回の件でよく分かる。私はよく普段JWAVEを聞くからショーン氏の事は前から知っていた。いつの日からか報道ステーションにまで出ていて、出世したなと一人で思っていたが、このニュースである。正直な話、ショーン氏のコメントは結構浅い印象があった。でも、それなりに知識はあって、人への敬意というか、礼儀正しさはきちんと備わっていて、声も聞きやすいいい声だったので別に聞いていて違和感を感じるものではなかった。報道ステーションではよく経済の話をしていた印象がある。古賀氏の騒動以降偏った意見はやはり排除される傾向にあったのか、ショーン氏のコメントは当たり障りがなく、よく他国の事例や人物名が枚挙されるような、レポートのようなコメントだった。その中立性と知識量で、フジテレビの新番組のキャスターも決まっていたのでは?と思う。

さて、これを前提として以下読み進めていただきたい。単刀直入な質問をあなたに投げかける。これは恐らくあのニュースを耳にした人間の少なくとも半分は自分に問うたものであるだろうし、特異なものでもないから期待も何も捨ててほしい。

経歴が嘘であることによりショーン氏の話す内容は変わるのか。」

答えは否である。今回ショーン氏が自ら多くの仕事を辞退した形で収まったが、そうでなかった場合どうなるのか。私は想像するだけでぞくとした濁った期待が背中を駆けるのを感じる。多分佐村河内氏の場合も似たようなもので、彼の場合我々が彼が難聴であることを「かわいそう」だと勝手に考え、勝手にCDを買い、絶賛し、現代のヴェトォヴェンに仕立てあげたのである。冷静になって考えてみれば、もはや文化は金額で測れられてしまう現代において、彼はただ単にセルフプロデュースに成功しただけである。ショーン氏について当てはめて言えば、そもそも我々日本人やすなわち視聴者といわれる人々は本来彼にあるとされた学歴や経歴に立脚される考え方、人の有様を知らないというなんとも恥ずかしい現実に向き合わねばならない。即ち、経歴のもたらす具体的な人間像を我々人間は誰一人知らずして、それに重きを置いた人間選びをしているということをしている事実である。あなたはこの愚鈍な矛盾をどこか流してしまおうとしていないか。そして、そうした矛盾に慣れた人間になっていないか。「世の中そういうもの」なんて言わないでほしい。世の中を語る資格にはそうした人間にあるとは思えない。規格の定まった教育にそのまま従い、量産的価値観が染み込んでいるのである。自分の抱える矛盾に一般性を求め、それをうやむやにしたまま間違いを犯してしまった人間を迫害する。ネットの世界で幾千、幾万もの暴言が漂っている。常軌を逸している。匿名性は迫害の正当性を担保するものでは決してない。匿名性に胡座をかいてはいけない。

私が言いたい事は経歴の脆弱性ではない。人間判断の内実はもはやすっからかんだということである。それこそ「簡素」な情報が多すぎる。殺人事件が起こっても、犯人の年齢性別、被害者との関係、専門家のありきたりな意見。それから我々が考えられることは?粗悪な鉛筆で引いた事物の輪郭。少しこすれば消えてしまう。ショーン氏の経歴が空白なのと同じぐらい我々の人間を見る瞳の奥は空白である。