第163問 パリの雨で

ヨーロッパを色々と見て回って、ここ数日の自分はいままで感じたことのない疲れを感じていた。

色々したいことが多すぎて眠る時間が削られてしまうのもあれば、落ち着いた寝床が手に入らないことでしっかり休めないこともあるかもしれない。

国ごとに違う言語、文化、雰囲気、そして人々の様子を感じようとして、できるだけ適応しようとして、そういう積み重ねがすこし出来上がっては消え去る日々は、意外にタフだ。

孤独でいることが辛いというのはなく、孤独でいることで警戒されるのにひどく疲れる。

パリに着いて、僕はくたびれてホテルのベッドに横たわった。

ホテルの居室もヨーロッパは一人だけが使うためのものは多くなく、大体が二人以上が使うようにできあがっていて、無駄に広くて枕が2つベッドは毎日自分が一人でいてはいけないのかと思わせる。

今日はもう少し雨が降る予報だったが、やはり自分は晴れ男で曇り程度に抑えることができて大満足だ。

アムステルダムでみた夕焼けがあまりに綺麗で、もはや建物や雰囲気ではなく、太陽が作ってくれる日差しと景色に僕は嬉しさや喜びを感じるようになっている気もする。

疲れ切った僕だったが、どうしても今日の予定は休むことはできなかった。

 

 

久しぶりにあなたに会うと、自分は思っている以上に緊張も恐怖も抱いていないように思った。むしろ、改札前で待ってくれていた姿を瞳に収め、穏やかな気持ちで安心していたように思う。

街を歩き店に向かう町並みを通り過ぎて、席について穏やかにゆっくり話すと、僕はあなたのことをすごく好きだったときの自分を思い出した。

ひどく僕はあなたが好きだった。あなたの何が好きなのかもわからず好きだったのだと思う。冷静な判断が積み重なって好きだと思ったのじゃない。

ただ、君の瞳に吸い込まれていくように好きになっていった自分がいたのだと思う。

多くの月日が経って、ますます綺麗になったあなたに、「綺麗だね」と言うことができなかった。「綺麗だ」と思っていることが伝わればいいなって思った。綺麗にしてある爪も、素敵なゴールドのイヤリングもとても美しかった。

時間は多くのものを解決してくれる、本当にそう思う。

むかし、たくさん流れた涙が乾いていたことにやっと気付かされた。

 

お別れの時間を早々に伝えるあなたを引き止めることはできないし、引き止めてもきっと僕は役不足だ。

それでも、一緒にいる時間が終わらないでほしいと思ったし、探しものも見つからないでほしいと思ったし、帰りの電車が着かないでほしいと思ったよ。

僕はあなたと一緒にいるとき、こんな気持ちになるんだね。

 

 

お別れして降り立ったホテルの最寄駅にも雨は降っていた。

雨がやっかいだと思っていたはずだけど、それほどまでに街に降る雨を愛おしく思ったことはなかった。