第69問 オレンジの日

今日は、ぐるぐると皇居の周りを歩き回るような一日だった。

都会の美しい夕日が差し込んで、大手町のみなもがオレンジ色に輝いていた。

隣りにいる人にふと「母の日に、何がほしいだろうかな」と聞いたら、「手紙なんかいいんじゃないの」と言われた。なるほど、自分だけならもっぱら書くことはないけれど、こうして誰かに言われて書くならいいか、と言い訳ができた。

母に短い文章をしたためることにした。夕暮れに手紙とボールペンを買って、口で言うのもきがひけるようなことをそそくさと書いて 、封をした。

ティービーワンダーの"Signed, Sealed, Delivered"を口ずさんで、いつもの帰り道を帰った。

いつになく手紙にしようと思った理由は実はこれだけじゃなかった。

今日の朝、ダイニングのテーブルに一つ読みかけの手紙がおいてあった。しばらく会っていない遠方の祖父からの手紙である。

昔は達筆だと言われた彼の文字はどこかその齢を匂わせるように、ほそぼそとしていて、私の家族のカタチがいつになっても変わらないことはないのだと分からされるようなものだった。

私が書いた手紙が朝焼けであるなら、祖父の手紙は夕焼けのようなものだ。

不思議なもので、私が選んだ便箋の色は橙だった。

今日はオレンジの日だった。

 

第68問 巡る

例え話には、人の心の美性を感じさせる独特なものがあります。

年の瀬になると多くの人に会いますが、馴染みの深い人たちとの掛け合いの中で溢れる例え話は、一興です。
楽しくてたくさんたくさん話しますが、残してくれた例え話が一番僕の脳裏に焼き付きます。


ホットチョコレートカップは人のようであり、海は嘘を見抜く人のようであり、蠟燭は愛のようであるのです。


とりわけ20歳の自分に焼きついたのは、関係性が糸のようであるという例えです。
人と人とが出会えば、その間の糸は太くなったり細くなったりする。でもその糸は切れることなんてないんだ、と。


行き過ぎたロマンティシズムは、時に人に突き放されてしまうけれど、乾杯されたグラスと寒い夜更けの前ではそのようなことはあまりないのです。


自分の側にいてくれている人の心の美しさに、再び心奪われる歳の暮れでした。

第67問 脱ぐ

Breakthroughの適切な訳語は何に当たるのだろうか。ふと考えてみたけど、最近しっくりくるのは「脱皮」だ。

今に至るまで何回の脱皮をしてきたか、って言われると頭の中でもわもわと振り返るストーリーが出てくるかもしれない。

未来のことを最近はよく考える。「○○な人間になりたい」という強い思いがじわじわと血脈のなかを通って体中を回る。
その一方で、過去に思いをはせる自分がいて、街を歩くとその時に抱えていた思いや、隣を歩いていた人と交わした会話をたくさん思い出す。

未来のことばかりを考えると少し不安になるけれど、脱いできた皮の数と今の表皮の堅さがどこか自分に自信を与えてくれる。

これから何回また苦しい思いをするのかわからないけど、深い悲しみを経験するだけひとつだけ優しくなれる。ずっとずっと優しい人間でいたい。ずっとずっと優しさだけは忘れずにいたい。

人と過ごす時間をなでるように大切にしたい。
いつ死ぬかわからないから、周りにずっと幸せでいてほしい。

今の自分にとっての幸せは知性や人間としての賢さが欠かせないから。こだわる。

男にせよ、女にせよ、背負ってきた悲しみの数で人間は語られるだろう。
目尻から、心臓から流した涙の量が皺の数になる。

君の手のひらは、堅いだろうか。

 

第66問 寒空が近づいて

どれだけ耳の中を好きな音楽でかき回そうが、どうしても蓋の隙間から入り込んでくるようである。

別に意識的に考えないようにしていても、寒さは無意識に刺さるようにやってくる。

冷たくなった指をこすると、長くなった爪が瞳に反射する。

ペットボトルの蓋をきつく締める。

溢れかえってしまうなにかがボトルのなかにあるのを感じる。あたたかいコーヒーを闇雲に飲んで、寒空を行き先も決めずに歩く。

どうしようもない終わりを迎えるのはもう嫌で、どうにか温かいものをカップに注ぎたい。

目尻には涙ではなく、笑みの後を残し。

つま先には伸びた爪でじゃなくて、歩き疲れた豆をのこして。

寒空には温かい気持ちで敵わなくちゃいけない。

日に日になんとなくじゃなくなっていくのを感じながら、手のひらが固くなっていくのを感じながら。

胸が脈打つ。

全てはあるがままで。

第65問 感じて

当たり前で、言ったら興ざめなことはある。

でも言いたくなったしまう。そんなことはここに書いてしまう。

自分の周りの人には少しもう話したことがある気がしているんだけど、みんなで話しているときに話すことって全員に向けて話すことはもちろんあるんだけど、実は誰か一人へのメッセージだったりすることってある。

誰も気づかないけど、その二人だけは気づいている。

手触りを求めているから手触りを感じるのだ。

人間は特別な感情を求める生き物だ。

金で、時間で紡ぎあげることのできるものをたった一つの言葉と振る舞いで作り上げていきたい。

自分の深い世界へ引きずり込みたい。

第64問 じゃないじゃない

日本に来てから刺激不足がひどい。
今の自分にはこの物足りない気持ちを文章にぶつけることしかできない。

 

自分の今までの生き方は「じゃない」だった。

自分の目の中に入ったいやで嫌いなものにならないように、そうならないように必死でまるで逃げるかのように動き回っていた。

人の嫌なとこセンサーみたいなのがビンビンに反応して、私の行動規範と付き合う人間を築き上げていった。

それはそれで生のように美しい代物が出来上がったような気はしているけど。もうそろそろその脱皮が必要で、人に問いかけられた時になぜその行動をするのか、なぜその選択をしたのかの肯定的な動機付けが必要なのだ。

否定的なものは指向性出て来づらい。成果に言うと、指向性は色濃いんだけどどうしようもないから人に言いづらいのだ。そして言ったところで、理解はなかなか得られなくて。そういう時って自分の話してる目ってだいたい死んでいて、そんな目で人の心は揺らすことはできない。

何が欲しいのか、何になりたいのか、どう生きたいのか。

じゃないじゃなくて、である。

したくない、じゃなくてしたい。

時間はめっちゃめちゃ限られていて、なんとなく自分のことをわかってきたらもっと深く深く掘ってあげて、先を伸ばしていってやることができたらいいな。

 

自分の自分にとって自信持てるところ。胸張って自信持って生きていこう。

自分に自信があったら、どこぞの誰かが自分のことをジャッジしても何も気にならなくなっちゃう。シビアな空間で生きていく図太さと伸びやかさはそこにあるって確信している。

 

なぜなのか、なんなのか、ひたすらひたすら、爪の先が痛くなるぐらいまで考えてのめり込んで。

第63問 質実剛健に

インドから帰ってきて、自分が強く感じているのは、脳みそをフルに使うことができていないということだ。

脳みその一部しか使えていないからずっともやもやしてる。

もっと脳みそを使いたい。勉強をしたい。自分の中にものを積み上げていきたい。

自分みたいな頭の悪い人間は努力が必要で、こんな楽な状態でい続けてはいけない。

自分を追い込んで、自分の悪いところといいところをきちんと直視して。

思いをノートに書きこ残して。

学び続けて。

人生一生勉強。

成長を止めてたまるか。