第71問 372

久しぶりに抱きしめた

私たちは腐れ縁だからって

会えないと思ってたって言ったら、絶対会えると思ってたって

優しいから心を許すんだ

髪こんな綺麗だったっけ、なんて

自信にあふれてるのは相変わらずだ

片耳だけ揺れるピアスが君らしい

一緒にいればいるほど綺麗に見えるのが不思議なんだ

君の海を泳ぎたい

忘れた愛の歌が歌えるかもしれないって

俺の肩に寄りかかっていいよ

海のそばで一緒に本でも読もう

振り回さなくても大丈夫で

転がさなくても大丈夫

俺には効かない

君の香水覚えてるから

 

これもフィクションなのかな、分からない

 

また俺は年を取るのかな

何をあげられるのかな

第69問 オレンジの日

今日は、ぐるぐると皇居の周りを歩き回るような一日だった。

都会の美しい夕日が差し込んで、大手町のみなもがオレンジ色に輝いていた。

隣りにいる人にふと「母の日に、何がほしいだろうかな」と聞いたら、「手紙なんかいいんじゃないの」と言われた。なるほど、自分だけならもっぱら書くことはないけれど、こうして誰かに言われて書くならいいか、と言い訳ができた。

母に短い文章をしたためることにした。夕暮れに手紙とボールペンを買って、口で言うのもきがひけるようなことをそそくさと書いて 、封をした。

ティービーワンダーの"Signed, Sealed, Delivered"を口ずさんで、いつもの帰り道を帰った。

いつになく手紙にしようと思った理由は実はこれだけじゃなかった。

今日の朝、ダイニングのテーブルに一つ読みかけの手紙がおいてあった。しばらく会っていない遠方の祖父からの手紙である。

昔は達筆だと言われた彼の文字はどこかその齢を匂わせるように、ほそぼそとしていて、私の家族のカタチがいつになっても変わらないことはないのだと分からされるようなものだった。

私が書いた手紙が朝焼けであるなら、祖父の手紙は夕焼けのようなものだ。

不思議なもので、私が選んだ便箋の色は橙だった。

今日はオレンジの日だった。

 

第68問 巡る

例え話には、人の心の美性を感じさせる独特なものがあります。

年の瀬になると多くの人に会いますが、馴染みの深い人たちとの掛け合いの中で溢れる例え話は、一興です。
楽しくてたくさんたくさん話しますが、残してくれた例え話が一番僕の脳裏に焼き付きます。


ホットチョコレートカップは人のようであり、海は嘘を見抜く人のようであり、蠟燭は愛のようであるのです。


とりわけ20歳の自分に焼きついたのは、関係性が糸のようであるという例えです。
人と人とが出会えば、その間の糸は太くなったり細くなったりする。でもその糸は切れることなんてないんだ、と。


行き過ぎたロマンティシズムは、時に人に突き放されてしまうけれど、乾杯されたグラスと寒い夜更けの前ではそのようなことはあまりないのです。


自分の側にいてくれている人の心の美しさに、再び心奪われる歳の暮れでした。

第67問 脱ぐ

Breakthroughの適切な訳語は何に当たるのだろうか。ふと考えてみたけど、最近しっくりくるのは「脱皮」だ。

今に至るまで何回の脱皮をしてきたか、って言われると頭の中でもわもわと振り返るストーリーが出てくるかもしれない。

未来のことを最近はよく考える。「○○な人間になりたい」という強い思いがじわじわと血脈のなかを通って体中を回る。
その一方で、過去に思いをはせる自分がいて、街を歩くとその時に抱えていた思いや、隣を歩いていた人と交わした会話をたくさん思い出す。

未来のことばかりを考えると少し不安になるけれど、脱いできた皮の数と今の表皮の堅さがどこか自分に自信を与えてくれる。

これから何回また苦しい思いをするのかわからないけど、深い悲しみを経験するだけひとつだけ優しくなれる。ずっとずっと優しい人間でいたい。ずっとずっと優しさだけは忘れずにいたい。

人と過ごす時間をなでるように大切にしたい。
いつ死ぬかわからないから、周りにずっと幸せでいてほしい。

今の自分にとっての幸せは知性や人間としての賢さが欠かせないから。こだわる。

男にせよ、女にせよ、背負ってきた悲しみの数で人間は語られるだろう。
目尻から、心臓から流した涙の量が皺の数になる。

君の手のひらは、堅いだろうか。

 

第66問 寒空が近づいて

どれだけ耳の中を好きな音楽でかき回そうが、どうしても蓋の隙間から入り込んでくるようである。

別に意識的に考えないようにしていても、寒さは無意識に刺さるようにやってくる。

冷たくなった指をこすると、長くなった爪が瞳に反射する。

ペットボトルの蓋をきつく締める。

溢れかえってしまうなにかがボトルのなかにあるのを感じる。あたたかいコーヒーを闇雲に飲んで、寒空を行き先も決めずに歩く。

どうしようもない終わりを迎えるのはもう嫌で、どうにか温かいものをカップに注ぎたい。

目尻には涙ではなく、笑みの後を残し。

つま先には伸びた爪でじゃなくて、歩き疲れた豆をのこして。

寒空には温かい気持ちで敵わなくちゃいけない。

日に日になんとなくじゃなくなっていくのを感じながら、手のひらが固くなっていくのを感じながら。

胸が脈打つ。

全てはあるがままで。

第65問 感じて

当たり前で、言ったら興ざめなことはある。

でも言いたくなったしまう。そんなことはここに書いてしまう。

自分の周りの人には少しもう話したことがある気がしているんだけど、みんなで話しているときに話すことって全員に向けて話すことはもちろんあるんだけど、実は誰か一人へのメッセージだったりすることってある。

誰も気づかないけど、その二人だけは気づいている。

手触りを求めているから手触りを感じるのだ。

人間は特別な感情を求める生き物だ。

金で、時間で紡ぎあげることのできるものをたった一つの言葉と振る舞いで作り上げていきたい。

自分の深い世界へ引きずり込みたい。