第81問 仕方なく一人だから

ここのところ、朝の早い時間に不思議と目が覚める。
日差しが部屋に差してくるのと同じぐらいの時間に体が起きる。
起きたときの体の調子は様々で、いいときもあれば疲れているときもある。
そういう最近の習慣に多かれ少なかれ精神的に満足している自分がいる。

ついこの2週間くらいの間、悲しいことがあった。
自分の家のそばにあった、そんなに大きくもない雑木林の木々が、全て切り倒されてしまったのだった。どれも、それはそれは高い木だった。
友達を家につれてくるときに、「お前の家は田舎だ」と言われる要因の50%ぐらいは、きっとこの木々のせいだったと思う。
あまりにあるのが当たり前過ぎて、写真を撮ったこともなかった。
秋には、一本か二本の銀杏が香った。いつも鼻をついてうんざりしていたあの高い木が、全部なくなってしまった。
小学生の放課後、友達と遊んで帰るときに、かならず私の瞳の中に収まっていた木々が、なくなったのだった。
中学高校大学と、毎日の通学路で通り過ぎていたあの木々は、あっけなくいなくなってしまった。

木を切り倒して残った根は、その樹齢を感じさせるがごとく深く、工事業者を苦戦させているみたいだった。
ざまあみろという気持ちになった。
できればいつまでも、そうやって手間取っていてほしかった。
けれども、ここのところ工事の音は静かで、そういう時間も終わったのだと伝えられるようで、なんだか悔しいような騙されたような気持ちになった。

なんだかんだ、自分が緑を求めているのがわかった。
家沿いの長い道を進んで、その先にある坂を登った。そっちの方には、自然が多かった。
犬が生きていたときに、散歩で行ったのはそういう場所だったし、幼いときにプールに泳ぎに行くと、そっちの方を親と一緒に通ったのだった。
あまりいい思い出はないけれど、7歳から10歳ぐらいの自分が、毎週のように通った場所だった。

坂沿いに立つ邸宅から、はみ出ている白い薔薇が、その花びらを散らしているのに気づいた。昨日の雨に濡れていて、きれいだった。
身ぎれいな女を眺めるような、そんな気分になった。
昔に落ちた花びらが、その先を茶色にして腐らせているのも美しかった。
朝の肌寒さが、より薔薇を清潔に見せた。

あの並木道は、相変わらずだった。
人は少なくて、広い。
高い木々が並んでいた。安心した。

香水をつけていたのに、プールの匂いを思い出した。
プールから上がって、ちゃんとシャワーを浴びたのに、頭から塩素の匂いがしたのはなんでだったのだろう。
いつも泳いだ帰り道は、疲れて眠かった。夕方は眠かった。

公園は背の高い木々が、空を覆い隠さんとするほどだった。
嬉しかった。自分の背が伸びたのと同じぐらい、木々は伸びたのかもしれない。
朝露と緑の匂いが、幸せだった。
鳥の鳴き声が嬉しかった。

鳴き声が、3週間前の電話を思い出させた。
夜の間、ずっと喋りっぱなしで、朝に鳥が鳴いたんだった。
彼女に、「鳥が鳴いてるよ」って笑われたんだった。
緑に囲まれて嬉しかったはずなのに、寂しくなった。
しばらくの間、その子のことを考えた。

最近、ずっと思い出してばかりだ。